懐かしい農村風景に調和する、いぶし瓦の粋なアトリエ
横内敏人建築設計事務所
京都で国内の住宅を中心に設計をしている横内敏人建築事務所。
2025年3月10日より、京都の人気観光エリアからほど近い東山から北部の岩倉へと移転をしました。
こちらは横内さんの自邸兼アトリエとなっています。
これは横内さんの長年の夢でした。通勤時間がなくなることは勿論、建築の表現方法として幅を持たせられるからだそうです。
そして、まだまだ建築の第一線で活動していく決意表明でもあります。
またこの建物の名は「安多洛舎」といい、
ギリシャ語で悟りの境地を示すAtaraxiaという言葉に漢字をあてています。
今回はその安多洛舎の設計のこだわりについて話をうかがいました。

横内さんは山梨県の甲府市に生まれ、東京藝術大学や、マサチューセッツ工科大学で建築を勉強。
渡米の経験から、日本の建築をしっかりとベースに置けば、国内だけでなく、
世界でも通用するのではないかと考えるようになり、
京都をベースにしながら全国でさまざまな住宅を手掛けるなかで、知見と経験を深めていきました。
そして、横内さんの家づくりは西洋化・近代化された今日の日本人の生活の中に、
日本や東洋にもともとあった思想や手法をどう融合させるのかが大きなテーマとなっています。
横内さんが設計時に最も大切にしていることは「自然との一体感」。
人間の生活は自然の摂理との調和の中にあるべきだと考え、
日々の暮らしの中で自然の美しさや豊かさ、快適さを感じることができ、
人間の生活が自然の豊かな多様性の一部であると実感するような家こそが理想だとしています。
なぜなら自然は人間にとって変わることのない普遍的な価値を有しているから。
そのため、横内さんは家作りの素材をできるだけ自然のものを用いています。
特に内装材は木や草や紙や土といった自然の味わいができるだけ感じられるよう設計をしています。
その方が時が経つにつれて味わいが増し、何より自然の素材は人の心に安らぎを与えてくれるからです。

安多洛舎も自然との一体感が感じられるよう作られています。
山の端に位置し、三方は深い森に囲まれています。
どこにいても庭や森の豊かな自然の景色が視界に入り、
日の光が木々の間から柔らかに差し込み、スタッフからの評判も良好です。
そんな自然を贅沢に感じられる安多洛舎の中でも特にこだわって作られたポイントが2つあります。
1つは庭。ほとんどすべての設計を自社で行っているのに対し、庭は旧知の造園家に依頼。
自然の渓流のように流れる水の動きと音を感じられるよう作られています。
横内さんやスタッフはこの庭から日々癒され、エネルギーをもらっているそうです。

2つめのポイントは「屋根」。
この地区に古くからある農家に合わせて瓦葺きにしています。
ここには、安多洛舎ならではの工夫が。
鬼瓦やのし瓦を使う従来の軒への納め方を避け、洗練された納まりにしています。
耐震強度や屋根通気の向上といった機能面と、洗練された美しい見た目を適える意匠面の両方を兼ねた納まりを考案しました。
伝統と革新が融合した瓦屋根なのです。

今回使われている瓦は愛知県西三河地域で作られる三州瓦。
三州瓦は質の良い粘土を約1,150度の高温で焼き締められているため、他の瓦と比べてより耐久性に優れています。
その中でも安多洛舎の屋根に使われている瓦は愛知県高浜市にある「創嘉瓦工業株式会社」の「いぶし瓦」。
焼き上がりはいぶし瓦特有の奥ゆかしく気品に満ちた銀色で、とても美しい見た目。
熟練の社員らの目と感覚による厳格なチェックを経て、高品質で端麗な創嘉瓦工業のいぶし瓦が、安多洛舎の屋根を彩っています。

横内さんは語ります。
「瓦は確かに高価だし、まだまだ改良の余地もある。
しかし、日本の気候風土には最も適した高性能で美しい代表的素材だ」と。

横内さんは元から日本的なものに強い関心があった訳ではなかったとのこと。
また、幼少期を過ごした家も合理性を重視した現代的な建物だったとのこと。
そのため横内さんにとっても「和」は、多くの現代人と同じく「非日常」な概念。
そんな和や伝統から一歩引いたところから建築を見ている横内さんは、
海外でも通用する現代性と日本的な和を掛け合わせた美しさを後世に遺したいと考え、安多洛舎を作りました。
そんな安多洛舎の屋根に瓦を選ばれているところから、瓦へ絶大な信頼と期待を置いていることが伝わります。

自然と調和する、心象風景のようなアトリエ。
「悟りの境地」を意味する美しい建物の屋根は、いぶし瓦で美しく葺かれています。
